服という作品をふたりでつくるまで

服という作品をふたりでつくるまで


各界で活躍するクリエイターにお話を聞く「ピックアップクリエイター」。ご主人の金子洋太郎さんが刷りと型紙づくり、そして奥さんの奥田雅子さんが縫製を担当。滋賀県の彦根で服づくりをする服飾デザイナー「masaco.」さんのアトリエを訪れました。


SOUQ
ブランド名の「masaco.」は奥田さんのお名前なんですね。ブランドの立ち上げは8年前と聞きました。きっかけは?

金子
それが、ちょっとややこしくてですね…。



奥田
きっかけは私がよく行っていたセレクトショップで、地元の京都にある「Mustard」という店なんですけど。

SOUQ
素敵なお店ですよね。作家さんの作品もいろいろ置かれていて。

奥田
大学卒業後は、テキスタイルデザイナーのアシスタントを経てインクジェットで服地を染める会社で働いていたのですが、一度、つくる現場を離れてみようと思って、三条通の「45rpm」で販売をしていたんです。その頃によく通っていて。

SOUQ
京都造形芸術大学(当時は京都芸術短期大学)のテキスタイルのご出身とか。

奥田
はい。テキスタイルもやっていたけど、服をつくるのも好きで、ちょこちょこ個展もしていました。それを「Mustard」のオーナーさんに話したら、店とコラボでシャツを作りませんか、と提案されて。

SOUQ
最初はおひとりでされていたんですね。

ーアイデアを、かたちにー

奥田
それまでは自分の名前でやっていたんですけど、急遽、カッコいいロゴとブランド名を考えてくださいと言われて。雅子という名前は一生変わらないだろうから、名前をロゴっぽくしてドットを付けて。めっちゃ安易なんです(笑)。

SOUQ
こんなに使い続けるなんて思ってなかった?

奥田
そうですね。でも一応、洋太郎さんの存在はその時にはあったので、その頃から彼のアイデアをもらいながらの制作してはいたんです。

金子
相談されてというよりも、例えば、雅子くんにポケットがファーになってるシャツが欲しいって言ったら、もう勝手につくってて。

奥田
そうそう(笑)。さも私が考えたように。

SOUQ
その前に、奥田さんのこと“雅子くん”って呼ぶんですね(笑)。

金子
あ、そうなんです(笑)。

SOUQ
夢を現実化してくれるって理想的な関係。でも、最初は今のように共作ではなかったと。

金子
僕、元はグラフィックデザイナーなんですよ。大阪芸大ではインダストリアルデザインを専攻していて。

SOUQ
工業デザインから服って、なんだか意外な気がします。

金子
四角いイタリアのデザインに憧れて、大学ではひたすら石膏を削っていました。でも卒業間近になっても就職氷河期で仕事はないし、当時付き合っていた彼女と別れたりとか、いろいろあって…。

奥田
その話、聞いてへんかったな(笑)。

ー“消費”されないものをつくりたいー

金子
たまたま専攻でDTPの授業をとっていたのもあって、デザイン会社に就職して会社案内とか名刺とかつくって。でもなんかやっぱり、これは言いわけですけど、面白くないという想いがずっとあって。例えばキャンペーンのチラシって、終わったら誰も見ないじゃないですか。どんなものを刷っても大体のものは捨てられてゴミになるし、なんだろうなと思ってて。その頃にちょうど、この人が服をつくっていたんですよね。

SOUQ
あ、ちなみにお二人が出会ったのって。

金子
それはですね、画塾が同じだったんです。

奥田
美大進学後もずっと、どっかでつながっていて。


金子
僕自身も服がすごく好きで。服にはグラフィックの要素もあるし、バッグに関してはプロダクトデザインといってもいいと思っているんですよ。それでいて服って、安い高い関わらずに気に入ったものをずっと使うことってないですか? 500円ぐらいで買ったやつを長く使ったり。

SOUQ
うんうん、よくわかります。

金子
うまくいけば気に入ってもらえる。そういうものをつくるほうが崇高というか、尊いというか…。いい仕事をしているような気がしたんですよね。


金子
でも今とは違って、当時の縫製のクオリティはめちゃくちゃですよ(笑)。

奥田
縫製の勉強はしていなかったので。テキスタイルだけで。

SOUQ
テキスタイルと服づくりは、素材が同じ布でも別の事柄だと思うんです。表現の手段が“服”であった理由はなんでしょう。

奥田
洋太郎さんのグラフィックの話と同じで、私は布が好きなんです。それを日常で使えるものに生かそうとなった時に、だったら服がいいと。

SOUQ
縫製は独学で?

奥田
母親がパッチワークしていたので、小学生の頃から見よう見まねでミシンを踏んでいました。自分の服は無理ですが、人形の服を手縫いで作ったり。

金子
あと、ふたりともひびのこづえさんの影響を受けていて。学生の時かなぁ。大阪の戎橋にあったキリンシティでやっていた展覧会を観て。カッチリつくるというよりも、作品的なつくり方なんですよね。こんなやり方もあるのかと。

SOUQ
他に影響を受けた作家やブランドってありますか?

金子
それは90年代のDCブランドですね。ひびのさんは観た時にこれだ、と。親近感を感じたんです。


奥田
美術系ならではなのかもしれないけど、商品じゃなくて作品として作りたいという気持ちが強くて。ひびのさんの影響は大きかったですね。

ーふたりでひとつのブランドー

奥田
2010年の夏に関西の手仕事を紹介する雑誌の企画に絡めた合同展が例の「Mustard」であったんですけど、雑誌には載っていなかったのにお声がけくださって。洋太郎さんも巻き込んで本格的にブランドをはじめたのはそれからです。この人の後押しもあって、ちょっとやってみようかなと。

SOUQ
それでようやく、ふたりで制作をする今のスタイルになったというわけですね。展示されたのはどんな作品だったんですか?

金子
今はもう写真しかないんですけど、すごくいかついベストを。でも、雅子くんのファンの方には悪い事をしたなと思っていて。前はナチュラルな感じだったのに、急にテイストが変わったから…。

奥田
(笑)。ひとりでやっていた頃は一点ものが多くて。編んだ糸や布をミシンワークで貼り付けて、シャツの上でコラージュするような作品的なものをつくっていたんです。これはまた別のギャラリーでインスタレーションとシャツの展示をしたときの写真ですね。名義は私なんですけど、アイデアは洋太郎さん。ポケットが展示品になっていて、お客さんが選んでつけるという。

SOUQ
アイデアを聞いた時に、それはちょっと…とはならない?

奥田
むしろ、私には思いつかないから、はっ!っとするというか。

金子
雅子くんは色合わせとかが個性的なので、それを洗練したらどうなるだろうと。

SOUQ
ふたりの個性がちゃんと両輪になっているんですね。すごいなぁ。

ー着れば分かる、そんなシャツー

SOUQ
「masaco.」さんが服のなかでも「シャツ」にこだわった理由はなんでしょう。

金子
それは10代のときに憧れたモード系ブランドとか、ひびのさんへの憧れですかね。

奥田
私はシャツを着るのが好きというのが一番の理由かな。

金子
あ、それとよかったと思うのが、ふたりともちゃんと服の勉強をしていないんですよね。していたら、シャツつくろうとは思わなかったんじゃないかな。

SOUQ
確かに、シャツはつくり手の腕が問われるイメージがありますね。

金子
手がかかって苦労する割に体に合うお客さまが少なくて。でもシャツはシンデレラサイズみたいなこともあるんでね。

SOUQ
かたちの特長とかは。

奥田
例えば、襟は小さいか、もしくはラウンド、ですね。


金子
あとは動きやすいように腕周りが太かったりとか、9号だけど幅は11号とか。ルーズなラインが好きなんですよね。僕らの世代ならではというか。

奥田
見た目は小さいと思われがちなんですけど、袖を通すとゆったりしていて動きやすい。柄もシャツ単体で見ると派手と思われますけど、コーデのなかに入れてしまえばそんなに派手でもないし、意外と顔になじむというか。

金子
だから、お客さんにはいつも着るだけ着て、僕らがやりたかったことだけでも知ってください!って試着を薦めています。えっと、つまり何が言いたいかというと…うちはそんなブランドです(笑)。

金子
デザインの着想というのは特になくて、思いつきですね。

奥田
いつもご飯食べながら打ち合わせしようっていうけど、結局はご飯に集中してしまうという(笑)。

金子
これは積み木を買ってきてトレースしたりして、引き算していったらこの柄になったんです。見たままの時もあって、ドアの柄は一個一個、丁寧に。

SOUQ
これは新幹線、それも16号車のドアですね。やっぱりインダストリアル系のものがお好きなんですね。


金子
原画もマッキーとかで書くんですよ。

SOUQ
だからこのタッチなんですね。

金子
なんかね、可愛いモチーフじゃないんですよ。

奥田
布をカットしてから奥のシルク部屋でプリントをして、ボタンを閉じた時も柄が合うようにしているんです。


SOUQ
ハイブランドのスーツとかも柄がちゃんとつながっていますもんね。縫製も高い技術が求められる。

奥田
それをシャツでやっている感じです。

ー生地をキャンバスのようにー

SOUQ
この横断歩道のような柄は手描き?

金子
コロコロのローラーで。あ、企業秘密なんですけど(笑)。

SOUQ
プリント以外の作品もいろいろとあるんですね。着色の仕方がペイントだったり、垂らしだったり。古典的な技法が逆に新鮮かも。

金子
最近ではそれに加えて、絵の具の研究開発というマニアックな楽しみを見い出しています。

SOUQ
次はこんなことしたいとかありますか?

金子
次はね…。できるかどうかはわからないけど、箔押しをしてみたいですね。ただ耐久性の問題で踏み切れなくて。ペイントもまだやっていないことがあるので、もっと追求していきたいです。

ー服屋がつくるバッグー

SOUQ
この折り紙バッグは最近の作品なんですよね。

奥田
去年に完成して。クラッチのようにも持ったりもできます。


金子
つくり方が変わってて、組み立てる前は完全に平面なんです。

SOUQ
本当、折り紙だ!

金子
僕も雅子くんみたいにミシンで縫いたいなと思って。

SOUQ
手に職をつけたいと(笑)。設計は金子さんなんですか?

金子
はい。実際に紙を折りながら設計を。

SOUQ
生地を帆布にした理由は?

奥田
せっかくなので地元のものを使いたくて。この帆布は滋賀の高島で織られているものなんですよ。昔は綿栽培も盛んだったようですが、今は工場だけが。

SOUQ
太い糸の太番手だから、縫うのはちょっと大変そうですね。

金子
いや、そのつもりだったんですけど、結局は雅子くんが…。力仕事の穴あけとか鳩目止めは私がやっています!

奥田
イベント現場に持っていて、現場で仕上げたり。

SOUQ
へぇー! それはおもしろい試みですね。紙袋型カバンも気になります。


金子
紙袋風につくるための工夫がいろいろあって。底を見てもらったらわかるんですけど、ここも本物の紙袋みたいにしてあって。

奥田
遊び心とギミックが共存しているのがうちらしいというか。簡単につくろうと思ったらいくらでもつくれるんですけど、それはうちのやることじゃないし。あとは柄がない分、紐を異素材にして印象を変えてみたり。


金子
余談ですけど、「ダークビッケンバーグ」っていうブランドがあって。“アントワープの6人”のひとりの。

SOUQ
懐かしい。もちろん知っています。

金子
そこの靴で黒い革の袋に似たブルーカラーの紐を巻き付けた作品があるんですけど、この折り紙バッグができた時には、ダークビッケンバーグみたいなものがつくれた!って。完全にオフトークですけど(笑)。

SOUQ
オマージュ作品ですね。



金子
でもうちはあくまでも服屋なので、カバンの専門家ではないんですよ。

SOUQ
服屋さんがつくるカバン。

奥田
そう、まさしくそのとおりで、普通のカバン屋さんはこういうのは考えないかなって。

奥田
さっき話をした「Mustard」での合同展にオーナーさんと弟のともさんが来てくれて。

平野
兄がこの店をやる前から「Mustard」が好きでよく通っていたんです。そこで雅子さんと知り合いました。

奥田
錚々たる面々が出展されていたなかで、なぜかオーナーさんがうちを気に入ってくださって。まずは店で一緒にイベントみたいなのをしましょうかという話だったんですけど、その前に何点か取り扱いをさせてもらえませんかと。それが最初ですね。

SOUQ
オープン当初からお花以外に作家ものも扱われていたんですか?

平野
そうですね。徐々に増えていった感じです。

奥田
で、取り扱いが決まって、彦根に納品やイベントで通うようになって。

ーついには、アトリエもー


SOUQ
それまでは彦根にいらしたことはあったんですか?

奥田
なかったですね。「CARO ANGELO」さんがきっかけです。

金子
バイカーだったんで琵琶湖にはよく行ってましたが、彦根は行ったことなかったですね。

奥田
ブランドをはじめて3、4年は京都の山科にあったアトリエで制作していたんですが、手狭になってきたし、なんとなく環境を変えたいなと思っていて。広い場所に移りたいというタイミングで、ここのオーナーさんが物件を紹介してくださったんです。オーナーさんは彦根におもしろい人を呼びたいというアツい方で。それも「CARO ANGELO」さんのすぐ近くだったので、それは気になると。

金子
「CARO ANGELO」のスタッフさんが台所の床の張り替えも手伝ってくれてね。


SOUQ
ちなみに、他の作家さんにもこのような斡旋を?

平野
ここまではないですね。

奥田
移住までしたのはうちぐらいかと(笑)。内見したらカメラ用の暗室があって、版を焼く時に暗室は必要なので、そこも決め手に。私たちのやりたいことに合う家だったんです。引っ越しは2015年の春に。玄関の土間部分はいつかショップにできたらいいなと思っています。

ー作家は彦根を目指す!?ー

金子
彦根はなぜか作家さんが多いんですよね。

SOUQ
それは地元の方ですか?

金子
いや、よその人が多いですね。彦根に戻ってきた方もいます。

SOUQ
作家さんが多いのは昔からなんでしょうか。

平野
いや、ここ数年だと思います。

金子
そういう意味でも、彦根で9年前から作家ものを扱う「CARO ANGELO」さんはすごいと思います。そのせいか、彦根にはオシャレな人がすごく多くて。

奥田
ここに置いてある作品は「CARO ANGELO」限定のもので、よそでは出してないものばかりなんです。昔からの知り合いで、うめだスークで一緒に展示をしたこともあるイラストレーターの川村淳平くんとのコラボ商品とかを。実は前に子供服もつくっていたんですけど、これもここにしか置いていないですね。

SOUQ
彦根、住んでみていかがですか?

奥田
環境もいいし、人も優しい。食べ物もおいしくて。

金子
人との縁がつながってここまできました。「CARO ANGELO」さんも大きなキーマンですけど、うめだスークもそうだと思ってます。バイヤーさんとの出会いがなかったら、今の僕らはなかったかも。

奥田
実は私、アパレル時代にうめだ阪急で働いていたことがあるんですよ。

金子
実は僕もそうでして。学生時代に京都の阪急で。

SOUQ
不思議な縁を感じますね。今日の取材も必然なのかも。