播州織との出会い

播州織との出会い

今回は、播州織を用いた日常着を手掛けるファッションデザイナー、tamaki niime(玉木新雌)さんに会いに、兵庫県西脇市のLabを訪れました。

SOUQ
すごく広い! 気持ちのいい工房ですね。

玉木
西脇へ来て、4回目の引っ越しなんです。最初はお店だけで始まって。工房を併設するようになって、ちょこっとずつ大きくなっています。

SOUQ
服をつくる生地として、どうして播州織を選ばれたのですか?

玉木
ブランドを立ち上げた頃から、やわらかいもの、着心地のいいものが欲しいという気持ちだけはあって。

SOUQ
いまつくられている服につながるイメージですね。

玉木
でも、どんな素材を使えばいいかがわからなくて。一生懸命探しまわって、あるとき、東京で開かれていた素材の展示会で西角さんっていう播州織の職人さんに出会って。生地といえば大量生産が当り前だけど、西角さんは“再現性がない、一点もの”の生地をつくっているんだと。



SOUQ
職人というより作家のような。

玉木
すごくおもしろい! と思ったんですよね。私も一点ものの服をつくりたかったから。生地で一点ものができるなら、服も必ずできると。西角さんが播州織の職人さんで、その産地が西脇だった。それで初めて西脇へ来て、西角さんに一点ものの生地づくりを見せてもらって。この人とやるしかない!って、そのときに決めちゃったの。

SOUQ
播州織を選んだ、というよりも、決め手は西角さん?

玉木
そうなんです。まさかまさかの展開で。それが2006年のこと。当時は京都や大阪を拠点にしていて、西脇へ移住することは考えてなくて。

SOUQ
播州織を使いながらも、ブランド拠点は都市部だったわけですね。

玉木
そのうちに、西脇市の商工会議所から、西脇でもお店をやってもらえませんか?って。播州織は、生地として販売されることが多くて、地元では完成品を見る機会がなかったそうです。地元の人に播州織を使った作品や製品を見てもらいたいから、とお話をいただいて。



SOUQ
西脇は、ショップだけで始まったんですね。

玉木
お店を運営してくれる方を探して、お願いしていました。最初の1年目は地元の方がいろいろと手助けしてくださって、なんとか続けることができた。でも、2年目が苦しくて。風変わりな服をつくっているし、お店は大通りではなく、徒歩でしか行けないような細道にあったし。風情はあったんだけどだれにも気付かれないような場所で、来客数は多くて1日10人とか…。お店を任せていた店長さんの心も折れてしまって。

SOUQ
継続が難しい…と。

玉木
で、私が店に立ってみよう!と。西脇がどんなところなのかを含めて、自分でお店の可能性を探ってみようと思ったんです。店に寝泊まりして、お風呂は近くの銭湯に行って。

SOUQ
住み込みで?!

玉木
そうなんです(笑)。そのとき良かったのは、生地を織っていただいている職人さんと距離が近かったこと。西角さんが、「これからあの試作品を織るけど来れるか?」って電話をくださるようになって、15分後には駆けつけられる距離だった。

SOUQ
それは京都や大阪ではできないですね。



玉木
実際に試作品の織りを見せてもらって、想像していたものと違う、もっとやわらかいはず! ということをその場で伝えて、また織ってもらって。まだ違う、もうちょっと! じゃあ、これでどうだ?! みたいな掛け合いをして、30分~1時間後にはイメージ通りのものができる。

SOUQ
すごいスピード感ですね。

玉木
本来、試作から完成まで数カ月かかるものが、その場ででき上がってしまう。職人さんが近くにいることで、開発の難題が一気に解決できた。それで西脇へ来ようと決めたんです。

SOUQ
播州織の生地にはどんな魅力がありますか?



玉木
私は福井県出身で。シルクやポリエステルの産地で、生地は基本的に無地で織る。白い糸で生地を織り、後から着色する。だから、生地を織る工場は淡々と機械が動く単色の世界。見ていても全然おもしろくない。地元で織りの現場を見せてもらったことがあるけれど、すてき! なんて思ったことがなかった。でも、播州織は先染め織物といって、あらかじめ染めた糸を使って織り上げていく。縦糸と横糸のバランスで何通りもの色模様を出せるっていうのが、まるで絵を描いているような感じで。

SOUQ
たしかに、色とりどりのLabはワクワクします。

玉木
それから、播州織は素材がコットンなのもいいなぁと思う。肌触りが良くって、気軽に洗濯できる。日常に使える気持ちよさがコットン素材のいいところ。私は高級嗜好じゃなくて一般庶民なので(笑)。洗濯機に放り込んで、サッと洗える服がいい。

SOUQ
ファッションデザイナーを目指すきっかけは何だったのですか?

玉木
実家が自営業で、化粧品とお洋服の店なんです。小売店で、仕入れは大阪へ行く。私も休日のたびについていって。うちの小学校は私服で、毎日のコーディネートを考えるのが楽しくて。仕入れのときは、今シーズンの通学着を自分なりに組み合わせて選ぶ、ということを課題にしていて。

SOUQ
小学生で服の楽しさに開眼された。

玉木
実家のお店で遊ぶことも多くて、お客さんがきれいになっていくところを見たりして。私も親の延長線上で何かやりたいと思ったんじゃないかな。



SOUQ
“買う”から“つくる”になったのはなぜですか?

玉木
小学生で3カ月間の着回しをしていたとき、自動的に何度も着る服と、1回着たきりでタンスの肥やしになる服があることに気付いて。なんで私はこればっかり着るんだろう?と分析しだして。そうしてわかったのは、着心地のよさだった。着にくい、動きにくいものは無意識に回避して、肌触りのいいもの、着ていて気持ちがいいものばかりを選んでいて。その後は服の仕入れそのものが面白くなくなって。パターンが決まってきた、みたいな(笑)。服に対してわがままになってきて、この生地ならこういうデザインの方がいいのに、とか(笑)。



SOUQ
早熟ですね。

玉木
中学生になって雑誌『装苑』を見ながら、パターンを引きはじめて。でも、つくり方は全然わからなくて。親の知り合いのパタンナーさんに手ほどきを受けて、高校生の頃には自分好みの服をつくるようになりました。自分の日常着はこだわりたい、みたいな気持ちが今につながるきっかけですね。

SOUQ
その後、服飾の学校に?

玉木
そうですね。専門学校に進んで。そのときに思ったんです。デザイナーは感性の仕事で、経験則ではない。でもパタンナーは経験が必要。パターンを引き、数をこなさないと技術が上がらない。だから、就職するならパタンナーでいこうと。

SOUQ
実際にパタンナーとして就職されたのですか?

玉木
しました。パタンナーはデザイナーに指令されたものが何でも引けるようにならなきゃいけない。自分がつくりたいものでなくても、引く経験ができる。だから、自分の中の幅が広がるはずだと。



SOUQ
独立は視野に入れつつ?

玉木
考えていたところはあったかもしれない。

SOUQ
ブランドを立ち上げて、播州織に出会って。

玉木
播州織って、第二次世界大戦前後は輸出でたくさん稼いでいたそうです。イギリスの高い技術を取り入れながら、イギリスよりも安く輸出したことで西脇も繁栄した。

SOUQ
工芸ではなく産業としての織物なんですね。

玉木
ブランドの立ち上げ当初、明確なイメージはなく悶々としていたときに出会った西角さんは、代々の家業が播州織という職人さんで。「いい時代も知っているけど、これからの新しい可能性も考えなければ播州織はダメになる」って。西角さんは職人だから技術のプロ。でも、当時の私は織機を使えるわけではなかったから、買い手としてどんな播州織があったらいいかを考えて。お互いのアイデアを出し合って新しいものができれば、他にはない唯一無二のものができるんじゃないかなって。

SOUQ
「tamaki niime」は素材として播州織を使うけれど、方法論が新しい。

玉木
私の場合は女だってこともあるし、買いものも好きだし、お洋服も好きだから、自分が着るんだったらどうしたいか?って常に考える。そういう目線が職人さんやつくり手の中には意外とないんだと、気付けたのがよかったのかもしれません。

SOUQ
定番のショールはブランドスタートからあったのですか?

玉木
最初はシャツを作っていたんです。ユニセックスの、カッターシャツのような。私、シャツが好きじゃないのに(笑)。

SOUQ
なぜシャツを?

玉木
播州織はシャツに使われることが多い生地で。播州織=シャツでなければいけない、とがんじがらめになっていて。



玉木
あるとき、西角さんとシャツの生地を試行錯誤していて、もっとやわらかく! ってお願いし続けていたんです。そうしたら、やわらかくなりすぎちゃって。シャツにすると破れちゃうんですけど…みたいな(笑)。でも、その生地があまりにも気持ちよくて、何か使い道はないものか?と。「西角さん、首に巻いてみて! ほら、すごく気持ちいいでしょ~」なんて言って。で、巻きものだったらいけるんじゃない?!って。

SOUQ
シャツづくりの失敗がショールを生んだ?



玉木
偶然ですよね。

SOUQ
元々、播州織でやわらかく、ゆるく織る方法はあったのですか?

玉木
邪道ですね。基本的にやらない。播州織の職人は、できるだけ詰めて織ることを大切にする。いわば、真逆の発想で。

SOUQ
それを熟練の職人である西角さんは受け入れてくださったんですか?

玉木
そういう点で西角さんは珍しい。私は職人さんって彼のような人ばかりだと思っていたんですけど。

SOUQ
違ったんですね。

玉木
全然違った。あるとき、西角さんに言われたんです。「俺はおまえより先に死ぬぞ。この作風を続けていくんだったら、その時は誰が織るんだ?」って。それは困る!!と思って、他の職人さんにもお願いできるようお話に行ったんです。でも、あのやわらかくて気持ちのいい播州織は西角さんだから出来たことで、他の人には難しいことがわかって。



SOUQ
職人だからできるわけではないんですね。

玉木
でも、今なら技術を持っている職人さんがたくさんいるし、教えてもらえる環境もある。だったら、自分で習得しよう!と。

SOUQ
自ら織る作業も?!

玉木
西角さんに相談したら、ショールをもっと風合いよく、やわらかくしたいんだったら力織機にしなきゃだめだって。1960年代頃の古い織機で、西角さんの工場にはないもので。

SOUQ
ショールのために織機も必要になったと。

玉木
そこから、自ら機械を揃えて織るようになって。そのときに導入した力織機は、今も大切に使っています。



SOUQ
現在は力織機以外に編機などもあるんですね。

玉木
さまざまな作品が生まれたので。
SOUQ
糸の染色も自社でされているんですか?

玉木
自社でするものと、お願いをして染めてもらっているものがあります。

SOUQ
一部、自社で染色されるのはなぜ?

玉木
一点ものをつくりたいので、色もたくさんないといけない。同じ色のパターンを繰り返し使ってしまうと、おのずと一点ものではなくなってしまう。毎回、新しい色にしたいから染色にも挑戦しようと。ふつうの染色工場は、ムラなく均一に、再現性をもった染め方が基本。でもうちは、再現性なく、ムラをつくり、毎回違う。



SOUQ
こちらも真逆の発想ですね。

玉木
お願いをして染めてもらう糸は、均一性のある美しさがある。ならば、うちでは染色のプロができないことをしようと。サランラップを巻いて、その部分だけ染まらないようにするとか。

SOUQ
ずいぶん実験的ですね(笑)。

玉木
あとは、糸そのものに色のグラデーションを付けるとか。ベタできっちり染まっている糸とムラのある糸では、同じ糸でも織り上げたときにまったく違う表情を見せてくれるので。完全に色に取り憑かれているの(笑)。まだまだ、もっといい色を出せるだろう、その方がお客さんも楽しいだろうな、いっぱいの色から選べた方がいいだろうなって。

SOUQ
コットンの無農薬栽培もされているとか。

玉木
5年くらい前からかな。私自身は、それまで畑で何かを育てた経験がなくて。食材はスーパーで買うもの、という意識で育った。もちろん、野菜にしてもお米にしても土で育てたものをいただく、ということは知識として知っている。でも、体感としてわかっていないというか。

SOUQ
農業とは無縁で。



玉木
でも、憧れはありました。毎日向き合う糸を考えてみても、素材の綿(コットン)が植物だということは理解できるけれど、ずっと買うものだと思っていて。ところが、買う糸が素晴らしい糸だと胸を張れるか?というと、とてもジャッジできない。たとえ栽培地へ赴いたとしても、その一時では私にはわかりえないと思って。

SOUQ
たしかに、長い目で見ないとわからないことがありますよね。

玉木
あと、やわらかいショールを作りたいという課題が私にはあるのに、それまでは織る行為でその感触を追究してきた。でも、さらにやわらかくするなら、素材も考えなくてはいけないと思ったんです。



SOUQ
産地へ行っても納得できそうにない、ならば作ろうと?

玉木
そう。綿は植物で育てるものなんだと、我に返って。ワンシーズンは、まず自分でやってみようと。

SOUQ
とにかく自分でやってみる、それが玉木さんの哲学?

玉木
やらなきゃ気が済まない(笑)。やってみることで、何か得られるヒントがあって、次に進めるんじゃないかって。休耕地を借りて、鎌と鍬を使って人力で。商売にはならないな…と実感しながらも、楽しくて。糸はこの綿からできるんだ!って親近感が湧いて、この体験をスタッフやお客様にもしてもらえたらいいなと思って。



玉木
コットン栽培は引き続きやっています。

SOUQ
どれくらい収穫できるものですか?

玉木
昨年(2018年)は400kgくらい。でも、うちは年間7tの綿を使うのです。

SOUQ
そんなに! 自家栽培だけでは追いつきませんね。

玉木
なので、育ててみたいという方に種をお分けして、収穫できた綿を買取する取り組みもしていて。この周辺にも畑は広がっていて、いつかLab周辺がコットン畑になればいいなっていうイメージはあるんですけど。

SOUQ
ショールの閃きから、パンツやスカートなど、いまではラインアップが多彩に。この広がりが生まれるきっかけは何だと思われますか?

玉木
老若男女みんなに、「これ、いいでしょ!」と言えるものを作りたいと思ったんです。そもそものきっかけは、自分が母親にプレゼントできるものがない…と思ったこと。誕生日や母の日は毎年やってくる。いまは一緒に暮らしてないし、何が欲しいかもよくわかんない。ムダなものを贈っても仕方がないし。

SOUQ
たしかに、毎年悩んでいる気がします。



玉木
自分はこんなに仕事に打ち込んでいるのに、自分が一生懸命作ったものを贈れないっていうのは、ねぇ…。最初に作ったシャツはトガっていたから(笑)。でも、ショールだったら母にも、父にも、おばあちゃんにも贈れる!って思ったの。プレゼントするなら、本当にいいもの、自分が満足できるものをあげたい、っていう気持ちがあって。ショールからいろんなアイテムを増やしてきたけど、やっぱり自分のなかではショールが原点にあるのは、母にプレゼントできる、老若男女におすすめできるものということが大きいかな。



SOUQ
玉木さんは男性がショールをするようになった立役者でもある。

玉木
立役者!(照笑) いま、とてもありがたいのは、お母さんと息子さんが親子で買いものに来てくださる。息子とお母さんがお揃いのブランドを着ることって、なかなかありえない。息子さんは自分のショールを買って、お母さんは服を選ばれたりして。家族でそれぞれの買いものをしてくださる方が多くなりました。そういう意味では、思い描いていた老若男女の日常着を、というイメージが実現できているようで、すごくうれしい。