始まりは、娘のピンどめから

始まりは、娘のピンどめから

今回は、3人の子どもを育てながら刺繍アクセサリーをつくる「MALLE」の長谷川真理さんに会いに、自宅兼アトリエを訪れました。

SOUQ
ブランド名の「MALLE」とはどういう意味なんですか?

長谷川
フランス語で“大きなトランク”という意味なんです。私のこの鬱陶しいぐらいの熱い想いがたくさん詰まってるよということです。

SOUQ
鬱陶しいぐらい?(笑) では、その熱い想いをいまから聞いていきたいと思います。

長谷川
私、クリエイターとしての話はそんなにできないかもしれないですけど、いいんですか? おかんとしての話ばかりなんですけど(笑)

SOUQ
いいと思いますよ。今回はそこをメインでいきましょう! 早速ですが、お子さんはおいくつになりますか?

長谷川
小学校3年と1年と幼稚園の年少組です。



SOUQ
3人いらっしゃるんですね。今日はみんな学校に行ってるんですか?

長谷川
はい、そうです。

SOUQ
学校が休みのときはお子さんも家にいるわけですから、その中で制作するのは大変じゃないですか?

長谷川
まあ大変は大変ですね。ひとつの作品をつくるのに3時間は超えるので。ですけど、私は子どもを近くで見守りたいという気持ちがすごくあるんですね。自分らしく働きながら子どもと関係を築ける人、近くで子どもを見ていたいという人、いろんなタイプの女性がいて、状況が許す許さないというのもあるじゃないですか。私は、子どものそばにいながらやれているのはありがたくて。もともと子どもがきっかけで始まった刺繍ですし。



SOUQ
そうなんですね。どういうきっかけだったんですか?
長谷川
子どもの上二人は女の子なんですけど、長女に髪どめをつくってあげようと思い0歳のときにつくりだしました。それを見て、同じマンションや公園で出会うおかあさんがかわいいねと言ってくれて。フェルトに刺繍をしたりフェルトでお花をつくったりして、それをピンどめの形にしてたんですけど…見ます?

SOUQ
ぜひぜひ。



SOUQ
かわいいですね。

長谷川
金具だけを髪につけると、するするすると落ちちゃうんですよ、髪の毛が細くて量が少ないので。でもフェルトだと、髪の毛に当たる量が増えて落ちにくくなるんですよね。

SOUQ
なるほど。理にかなっているわけですね。

長谷川
しかも軽いから、最初は嫌がっている子でも一度着けてしまえば慣れて、痛がる子もあまりいなくて。

SOUQ
0歳児からつけられるものなんですね。



長谷川
うちの子は髪の毛の量がすごく多かったんですよ。で、なんか女の子っていうのをわかりやすく示したくて。0歳児ぐらいの子どもって、男の子と女の子の見分けがあまりつかないじゃないですか?

SOUQ
身に着けてるもので判断するというところはありますね。

長谷川
それでうちの子は髪の毛の量が多かったので、くくってそこにピンどめをつけました。

SOUQ
でもこれ、大人がしてもいいぐらいの大きさですね。

長谷川
そうです。だからこれよりも一回り小さいのをつくってました。それで近所のおかあさんたちが、親子でいっしょのものを着けたいとおっしゃってくれて。「ちょっとつくってみてくれない?」と言われたので、じゃあいいよと大人用もつくり始めました。

SOUQ
親子おそろいというわけですね。

SOUQ
いまは犬も飼ってらっしゃってて。お子さん3人と犬2匹の世話だけでもすごく時間が取られると、制作が大変だと思いますが。

長谷川
必死ですよね。そこはもう必死です。喜んでもらえてるからできてると思いますが、やっぱりキツいときもあります。



SOUQ
制作するのは夜になるんですか?

長谷川
そうなんです。息子がいま幼稚園に行くようになったので、朝送り出してからなんとか早く家事を終わらせて、午後3時までが勝負です。もう集中ですよね。いかに集中をキープするか。3時からは子どもの宿題を見たり、習いごとの送迎やごはんの準備もあるのでそこまでが限界で。夜9時には子どもを寝かしつけるので、そこからMAXで夜中の1時までつくります。2時になると次の日の朝がしんどいですから。

SOUQ
そりゃそうですよ。朝も早いですよね?

長谷川
6時台には起きてます。でも一番下の子が幼稚園に行くようになって、ちょっとラクですけどね。家にずっといるときは、しゃべりかけられるから手が止まるんです。

SOUQ
小さい子どもは、おかあさんの仕事まで気を使えませんからね。

長谷川
そうなんです。でも主人がいちばんの理解者で応援してくれていて、土日は朝から晩まで子どもを連れて出かけてくれるので、本当に助かっていて。私が疲れて「もうやめる」って駄々をこねるときもあるんですが、主人は「でも、みんながみんな好きなことを仕事にできるわけじゃないし、せっかく欲しいって言ってくれてる人もいるわけだから、できる範囲でいいから、がんばって続けたらどう」って言ってくれて。

SOUQ
いいダンナさんですねえ。

長谷川
本当に彼のおかげです。

SOUQ
アクセサリーをデザインするとき、デザイン画を描いたりしているんですか?

長谷川
いえ、まったく描かないですね。
SOUQ
じゃあつくっているうちに、最初の構想から変わっていくこともある?

長谷川
あります、あります。だから私のアクセサリーはまったく同じものというのはないです。全部違いますね。



SOUQ
なるほど。ある程度形をこうしようとは決めているんですか?

長谷川
外枠だけ決めてます。丸とか楕円とか(笑)。

SOUQ
ベースの布をその形に切って、そこに刺し始めるんですか?

長谷川
そうですね。これがいま制作途中のものなんですが、刺繍枠にはめて刺していって、最後は切り出すというやりかた。これで3セットを縫っています。



SOUQ
縫う糸も、太さや色などいろいろ種類があるのですか?

長谷川
色を選ぶのが好きで、糸は好きな色しか買ってこないかなあ。

SOUQ
でもすごく種類が多いですよね? ちょっと赤が多めで、基本は淡いやさしい感じの色が多い気がします。

長谷川
そうですか? 実は自分では「MALLE」のことはよくわからないんですよ(笑)。自由にやりすぎているので。

SOUQ
「MALLE」とはこうあらなければならないというのは、あまりないんですかね?

長谷川
そうです。だからやっていけるんじゃないかなと思うんですけど。そんなプレッシャーが出てきたら、余裕はなくなるでしょうね。

SOUQ
自由に好きなものをつくるのはいいと思いますけどね。



長谷川
お客さんのスタイルを見てると、ナチュラル系の人もいれば、きれい系の人もいれば、カジュアル系の人もいて。だからいいのかなと思ったり。あんなふうに使ってもいいんだと気付かされることもありますね。

SOUQ
いろんな人に受け入れてもらえる作品なんですね?

長谷川
そんな気がします。

SOUQ
作品をつくるとき、気をつけていることはありますか?

長谷川
自分がつくるものに対してお金をいただくって、すごくコンプレックスがあったんですよ。なんの基礎もなく独学でやった人がお金を取れるのかって。でもステッチだけは練習すればきれいにできるんじゃないか、色とステッチでは絶対人の心をつかめるようにしたいなあと思っていて。それで行き着いたのが刺し埋めかもしれないですね。

SOUQ
刺し埋め?

長谷川
生地の部分が見えなくなるまで、刺繍で全部埋めつくしてしまうことです。だから手数は多いなと思うんです。アクセサリー1個について刺してる数は多い。

SOUQ
それだけ刺し埋めするとなると、一つの作品をつくるのにかなり時間がかかりそうですね。

長谷川
2時間やっても1セットできないというのが悩みですよね。「内職さんを雇ったらどう?」と言われたりもして、ちょっと前までいろいろ考えました。どうやったら「MALLE」で生計を立てられるのかなと思っていて。お客様からしたら、「2時間かけた? だから?」ということじゃないですか。

SOUQ
悩むところですよね。



長谷川
本当に悩んでいて。でも日本ヴォーグ社という手芸や手づくりの本をたくさん出している出版社のハンドメイドマーケットに呼んでもらったときに、そこでいろんなことがストンと腑に落ちたんですよ。

SOUQ
どういうことがあったんでしょうね。

長谷川
マカベアリスさんとかironnahappaのシライカズミさんとか、刺繍界では神様みたいな方にお会いして。私、自立自立って言ってきて、それも大事だけど、続けていったときにわかるものがあるとわかったんですよ。

SOUQ
自立だけが目的じゃない?

長谷川
自分を表現することを大事にすればいいといまは思えて。一つ一つのめんどくさい過程も、大変だけど私は好きなので続けてその先になにかわかることがあればいいんじゃないかなと思えるようになりました。

SOUQ
ものづくりをするとき、発想の源はどこにありますか?

長谷川
犬の散歩で毎日外へ行くので、四季折々の植物の色が目にとまり、中に入ってきます。私、お花の色って無敵だと思うんですよ。

SOUQ
無敵ですか!

長谷川
どういう色の組み合わせでも、景色の中で咲いていたらバッチリ合うと思うんですよね。私はアクセサリー作りで選択しないだろうなという色の組み合わせでも、咲いているのを見たら、あっこんな組み合わせがあるんだということに気づく。あと子どもの絵や配色からインスピレーションをもらうこともあって。

SOUQ
子どもさんの絵から?

長谷川
はい。これ見てくれますか? 次女がつくった作品なんです。



長谷川
顔であって、中をライトで照らすと見えるんですけど、このおじいさんの心の中が広がっていて、人とかがいるんですよ。私にはよくわからない部分もあるんですけど、娘はひとしきり説明してくれて。

SOUQ
すごい発想ですね。これはお子さんが何歳ぐらいのときの作品ですか?

長谷川
今年つくったので小学校1年ですね。子どもたち3人とも絵画教室に通っていて。長女は一昨年でやめてますので、今は次女と長男が通っています。次女は4年目なんですよ。

SOUQ
あの天井からぶら下がっているのもお子さんが?



長谷川
そうです。主人が電気系の仕事をしているんですね。娘に詳しい仕事内容は教えたことはないんですが、彼女の中で咀嚼して表現している。電線などがあったり。発想がおもしろいですよね。筋道もちゃんと立ってる。

SOUQ
子どもたちは見ていないようで見ているんですね。

長谷川
地球の中にマグマがあるなんて教えたことないのに、ちゃんと描いているし。美術教室の先生がすごくやさしい人で、「心で絵を描きなさい」とか言ってくれるんですよ。だから、技術や手法より物語から入ってつくろうとなるんですよね。

SOUQ
いい先生です。



長谷川
子どもっていろいろ可能性あるなって。この色を使ったらダメとかなにも思ってないじゃないですか。そこがおもしろくって。スライムとか使って遊んだりするんですが、そのとき生まれたのがこのシリーズなんです。

SOUQ
発想の源に、まさかスライムがあるとは思わなかったです(笑)。

長谷川
子どもがスライムをリビングの床に落としたんですね。いろんな色でつくっていたから、それが広がっていって。刺繍をしていると糸が余ってきたりするので、それを有効利用するために、いろいろな色の糸でつくろうと思いました。



SOUQ
子どもがスライムで遊んでくれたおかげで生まれた作品ですね。

長谷川
そうですそうです。最初は、なに散らかしてくれてんねんと思ったんですよ(笑)。掃除が大変だし、ぐちゃぐちゃのままやりっぱなしなんですけど。実はこれも、子どもといっしょに行った芋掘りから生まれた作品なんですよ。

SOUQ
芋掘り?

長谷川
そうなんです。いちばん下の息子の太一と芋掘りに行ったのですが、全然芋が採れなくて。横の人はすごく採れてるのに。全然掘れへんなあと親子そろってグタッとなって。やっと金時人参みたいな細い芋が掘れたんですけど、思ってたものと違ってたので息子はブスーっとしてたんですね。でも根っこはだれのよりも立派だったから「こんな立派な根っこはアンタのぐらいやで」って息子に言って。それで根っこをデザインしました。



SOUQ
まさか芋掘りがデザインの発想の源とは思わないでしょうね。

長谷川
本当に子どもが与えてくれるインスピレーションは結構あって。これは「白の世界、赤の世界」というシリーズなんですけど、子どもが赤で描いたと言った絵でも私からみたら全然赤じゃない。それってオレンジじゃない? ってなる。でも色の概念なんてその人が決めればいいと思ったんですね。だから私が思う赤と子どもが思う赤が全然違ってもいい。そう思った時に、赤だけ、白だけで作品をつくってみたいなと思ったんですよね。



SOUQ
真理さんは、アクセサリーづくりをする前はお仕事をされてたんですか?

長谷川
長女が生まれる前までは看護師をしていました。

SOUQ
そのころから手芸はしていたのですか?

長谷川
はい。高校のとき進路を決めるときに手に職をつけたい、自立したいという気持ちがすごくあったんです。ものづくりにすごく興味があったんですけど、子供心にこれで食べていける甘い世界じゃないと思っていたんです。一番好きなことを仕事にできる人ってそういないとも思ってたし。



SOUQ
確かになかなかいないかもしれませんね。

長谷川
結局自分に絵を描く才能もないし、違う違うと言い聞かせて看護短大に行ったんですね。それで看護師になったんですけど、なったらなったで仕事は嫌いじゃないけどなんか違うと思っている自分がどこかにいて。

SOUQ
ものづくりへの想いが断ち切れなかった?

長谷川
で、夜勤明けにかばんの専門学校の資料を取り寄せたり、服飾系の専門学校などもいろいろ調べてみたのですが、夜勤もあって三交代しながら学校に通うのは到底無理だし、自分の余力が残っているとも思えなくて。



SOUQ
看護師さんの仕事は大変そうですもんね。

長谷川
最後に所属していた病棟が、骨髄移植などをしている血液内科だったんです。救えない命もたくさんある中で、生きるということが奇跡の連続だということがすごくわかったし、患者さんから教えてもらうこともたくさんありました。

SOUQ
命に向き合うような仕事だったんですね。

長谷川
たくさんの生死を見させていただきました。そして私が教わった1番大切なこと。『今を生きる』この一言に尽きるような気がします。自分らしく生きたい、命を輝かせて生きたいとみんなそう思っている。命の横幅は残念ながら、どれだけ医療技術が進歩しても個人差がありますし、自分の力だけではどうにもならない側面もあります。だけど、命の縦幅や奥行きは本当に自分次第だと教えていただきました。今、流れてるこの一瞬一瞬の時間もかけがえのないものです。



長谷川
患者さんにはなるべく思いを寄せてやっていこうと思ってるのに、自分はなんか迷ってる。本当にやりたかったことの土俵にも乗らずに迷っている20歳代って、なんなんだろう。永遠にいまの状態があるわけじゃないのに、私はあたりまえに10年後も20年後も明日があると思っているからこんなに悠長にしてるけど、もし明日災害があって死ぬようなことがあったら、私の人生これでいいのかなと。患者さんには、なんとか一日一日を大切にって言ってるくせに、自分は何にも近づいてないって思ってて。仕事は嫌いではなかったけど、葛藤はありました。



SOUQ
患者さんと接してると、思うところもあったんでしょうね。

長谷川
そんな想いは主人以外にはだれにも言わなかったんですが、子どもができてピンどめをつくっているうちに刺繍にはまって。はまったら一目散で、これや! って思ったし、なにかしらものづくりに携わりたいという目標はクリアできて。やっと開けた道やと思うから、どれだけしんどくても、睡眠時間削っても、なんとかできてるのかなあと思います。

SOUQ
ものづくりができる喜びが生まれた?

長谷川
人が手にしたときに喜びとか高揚感を与えられる刺繍の作品をつくることができるのはすごく幸せなことで、それをSNSを使ってみんなに発信できて、それでみんなが欲しいと思ってくれることって素敵なことだと思うんですよ。だからそのことに感謝して、自分のペースで一つずつ前に進んでいって、その先に何かがあればうれしい。



SOUQ
いまをしっかり生きるということですかね?

長谷川
ていねいに暮らそうとか生命を輝かせて生きるためには、いまを積み重ねるしかその先はないと看護師をしていたときに思ったんです。だから、家族や子どもがいる中から生まれてくる刺繍に愛しさを感じていて、自分らしいなと思うんです。他人はよく見えるし、ないものねだりもあるけど、いまのやりかたは身の丈に合うんだろうなとすごく思えるから、満足してるんでしょうね。幸せだなと思います。

SOUQ
子どもやダンナさんに支えられているからですね。

長谷川
友達にもすごく助けられていて。ちょっと前に「MALLE」の今後のことで悩んでいるときに、友達が「真理っぺは、看護師をやってても刺繍をやってても、きっとブレてないなにかがあるよね。それを見失わなければ『MALLE』は崩れていくことはない。絶対だいじょうぶだから、それだけは大切にしてがんばれって!」言ってくれて。すごく救われました。