東京藝大、そしてブランドデビュー

東京藝大、そしてブランドデビュー


さまざまなクリエイターたちの創作や人となりを紹介する「ピックアップクリエイター」。今回は、刺繍アクセサリーやシルバーのリングを制作するブランド「ETSUSHI」のデザイナー・ETSUSHIさんが登場。近くに神田川が流れる東中野のアトリエにうかがいました。




SOUQ
東中野は長く住んでらっしゃるんですか?


ETSUSHI
4年ですね。もともと台東区に長く住んでたんですけど、こちらに引っ越してきました。


SOUQ
下町から中野区への引越しは、何か思うところがあったのですか?


ETSUSHI
東京藝術大学に通っていたので、大学時代はずっと上野に住んでいて、卒業してからもずっとそのあたりで暮らしていたので、そろそろ大学まわりの環境から抜け出したいと思ったんですよ。


SOUQ
なるほど。東京藝大って入学は狭き門で、個性的な卒業生が巣立っているイメージですけど、大学ではなにを学ばれていたのですか?



ETSUSHI
デザイン科を卒業して、大学院では空間設計の研究室にいました。東京藝大ってちょっと変わっていて、大学のときは科が細かく分かれることはないんですね、デザイン科とひとくくりになってて。普通の美大や芸大だとテキスタイル科とかいろいろ分かれるんですけど。

SOUQ
空間設計というと、建築やランドスケープ、店舗などのデザインですかね?

ETSUSHI
いえ、ファッションなんです。美大・芸大の空間設計の研究室っていうと基本的には内装などのインテリアを学ぶのですが、中にはファッションも含まれていることもあるんですよ。

SOUQ
一般的には、空間とファッションというのは、ちょっと距離があるような気がするのですが。

ETSUSHI
東京藝大は服飾科がないのですが、大学でよく見ていただいていた先生が空間設計研究室でファッションも学べたということもあり、その研究室に進みました。



ー大学ではずっと服づくりをー

SOUQ
では大学院では、ファッション専門に勉強されていたということですか?


ETSUSHI
そうですね。大学の卒業制作から服をやり始めました。4年生のときに服飾の本を買って、独学で服づくりをしていたんです。大学院1年生のときには文化服装学院の土日限定の社会人コースに通って立体裁断を勉強して、院ではずっと服をつくっていましたね。

SOUQ
ファッションへの興味は、大学に入る前からあったのですか?

ETSUSHI
高校生ぐらいから服が好きで。出身は栃木なんですけど、美大受験するには東京の予備校に行かないとなかなか難しくて。それで土日だけ東京の予備校に通ってたんですよ。そのときも少し時間があると、表参道とかに行ってショップをのぞいたりして。典型的なお上りさんなんですけど(笑)

SOUQ
ちょっと緊張しながら?(笑)

ETSUSHI
街をぶらぶらするのは楽しかったですね。

SOUQ
服飾系の専門学校に行く気はなかったのですか?

ETSUSHI
そのころはまだ、絶対服をやりたいというところまでは絞れてなくて、ざっくりとデザインをやりたいと思ってました。東京藝大を受けようと思ったのも、専攻が細かく分かれてなかったところがいいなあというのがあって。

SOUQ
大学院を卒業されて、すぐブランドを立ち上げたんですか?

ETSUSHI
はい。最初は刺繍でしたね。

SOUQ
刺繍はいつから始められたんですか?

ーアート系のコンペに出品ー

ETSUSHI
大学院の卒業制作のとき、服をつくっていたときに思いつきました。

SOUQ
そのときは洋服の生地に縫ってたんですか?



ETSUSHI
いや、そのときは使いたいなと思っていたのですが、提出の期限が迫っていたので間に合わなくて。結局日の目を見なかったのですが、どこかでこの刺繍のやり方をやってみたいと思っていて、卒業してからコンペに出したんですよ。

SOUQ
どのようなコンペだったんですか?

ETSUSHI
大学院出てすぐのころはバイトをしながら、アート系のコンペに出そうとしていたんですね。刺繍をタペストリーみたいな感じでつくってコンテストに出してたんですよ。そうしたら、「これをブローチとかジュエリーにして売ったらいいんじゃない?」ということを、友達とか何人かから言ってもらって。

SOUQ
何人かから言われるということは、すごく見込みがあったんでしょうね。

ETSUSHI
たまたま知り合いでジュエリーをやってる方に、「こんな展示会があるから応募してみれば」と教えてもらって出したら、それはバイヤーの方とかも来るような展示会だったんですよ。僕は初心者なんだけど、こんなところにいていいのかなという感じだったんですけど(笑)。「どこどこでやってみませんか?」とか「こういうのがあるんですけど出しませんか?」という感じで、だんだん仕事をもらえるようになって。それでしばらく刺繍を続けていたんですよ。



SOUQ
刺繍の作品を拝見すると、一瞬フェルト地かと思うほど目が詰まっている気がします。

ETSUSHI
それは、水に溶ける布に刺繍するからかもしれませんね。

SOUQ
水に溶ける? そんな布があるんですね。

ETSUSHI
はい。水に溶ける布に縫い重ねて、最終的に土台を溶かして刺繍だけ残るという形です。

SOUQ
それは布を残して刺繍したのとは、見え方は全然変わってくるんですか?

ETSUSHI
そうですね。布に刺繍すると縁取りとか端の処理が出てくるので、そういうのが残らなかったり。みっちり縫わずに隙間を空けて縫うと、透かしたりもできるんですよ。



SOUQ
布が溶けてなくなることによって、刺繍がほどけたりバラバラになったりはしないんですか?

ETSUSHI
結構最初の頃はそういう失敗があったんですけど、縫い方によってそれは解決できるようになりました。

ーひとブローチ、400メートル!ー

SOUQ
布を溶かすという刺繍の手法は、他にもやっていた人はいるんですか?

ETSUSHI
やってる人はあまりいないと思うのですが、工業用でカーテンとかレース布をつくるときに、刺繍を全面に施し溶かしてレースができる。そういうもの用に売られているんですよ。



SOUQ
そういうものがあるんですね。作品一つつくるのにどれぐらい時間がかかるんですか?

ETSUSHI
物にもよるんですけど、だいたい平均30分ぐらいです。面積と色数によりますね。

SOUQ
すごい緻密な作品なので、手づくり感があまり感じられなかったんですけど、こうやって縫っているところを見るとかなり手作業ですね。

ETSUSHI
そうです。一回土台ができちゃったら、後は埋め尽くすだけ。たとえば人の目を描きたいとなったら、そこだけよけて縫います。

SOUQ
密度が濃いというか、糸が敷き詰められてる感じですね。だから一瞬見ようによってはフェルト生地のようにも見える。使う糸の量は相当多いんじゃないですか?

ETSUSHI
糸の量は相当多いと思います。ブローチ一つで400メートルぐらいじゃないですか。



SOUQ
一粒300メートルならぬひとブローチ400メートル! そろそろできあがってきましたね。

ETSUSHI
ここまできたら、一度光に透かして密度を確認してから、薄いところを縫い足していきます。

SOUQ
大学院を卒業してすぐ刺繍作品をつくり始めたんですよね?

ETSUSHI
そうですね。3月に卒業して、5月にアートコンペの展示に出して、そこで知り合いに教えてもらった9月のジュエリーの展示会に応募しました。そこから12月 の展示会にも出て、次の年からは百貨店の催事場とかでもやらせていただくことになって。そのうちショップにも卸すようにようになりました。

ーなにかわからないものをつくりたいー

SOUQ
モチーフがユニークですね。どういうふうにデザインをしているんですか?



ETSUSHI
どうだろう…わりとなんとなく思いついたものをスケッチしてみたりだとか、直接刺繍していく中で、デザインが浮かんだりするものが多かったですね。特に最初の頃はそういうのが多かったです。それがだんだん量産するにあたって、考えてつくるようになってきました。

SOUQ
ラインアップのバリエーションとかも考えないといけないですしね。

ETSUSHI
元々は生活しててパッと目に入ったもので、面白いグラフィックが頭の中で思い浮かんで、これを刺繍にしたいみたいな感じで。ほとんど思いつきでした。名前とかもつけてたんですけど、ほぼ後付けだったんですよ。

SOUQ
「ナビカセくん」とか「モザイク山」とか。

ETSUSHI
その頃は、なんかわからないもの、なにってはっきり言えないものをつくりたいというのがあったので、結構突っ込まれてました。最初の展示会とかは名前もつけてなかったので、「これなんですか?」って聞かれて、「ヤカンです」って適当に言ってたら、「面白いねえ、名前つければ」ってみんなに言われて(笑)。そこからは一個一個、名札といっしょに販売するようになりましたね。

SOUQ
いまは刺繍アクセサリーから、シルバーのリングにシフトしているようですが、なにか転機はあったのですか?

ETSUSHI
刺繍は、アート作品として始めたのですが、やっていくうちに自分のやりたいこととズレが生じるというか、最初は一点ものをつくってそれを見てもらうという感じだったんですけど、ジュエリーとしてやり始めたら、何個も同じものをつくったり。これはアートじゃないなと思い始めて。最初は自分でも身に着けたりしてたんですけど、30歳手前ぐらいになったころから、これをずっと着けてられるのかなあと思って。

SOUQ
全然かわいく着けられると思いますけどね。

ーバイト先でCGを学んでー

ETSUSHI
なんとなく自分がふだん身に着けるものとは違うなと。もちろんイベントの時とかはつけるんですけど。最初の始まりが違ったせいもあるんですけど。

SOUQ
アートとして始めたから?

ETSUSHI
はい。そこにズレが出始めてきて、新作をそろそろつくらないといけないなと思ったときに、周りはジュエリーの方が多かったので、展示会に出ている度にシルバーの知識とか入ってきて。

SOUQ
それでシルバーをやってみようと?

ETSUSHI
はい。僕の場合、原型をつくったり手作業じゃなくてCG(コンピューターグラフィックス)でモデリングしてるんですけど。



SOUQ
CGなんですか

ETSUSHI
そうなんですよ。だからここは、あまりジュエリー作家ぽくないアトリエでしょ?

SOUQ
たしかに機械や道具的なものは一切見当たらないですね。CGも大学で学ばれたのですか?

ETSUSHI
いえ。卒業してすぐバイトしたのがゲーム会社で、そこでCGをやってて知識が入っていくうちに、3Dプリンターもできるんだというのを知って。やってみようという感じで始めました。そしたらそっちのほうが自分には合ってたというか。

SOUQ
普通ジュエリーのモデリングは、どうやってやるんですか?

ETSUSHI
直接金属を加工して原型をつくって量産していったり。ワックスを彫刻みたいに削って原型をつくって量産していくタイプなどがあると思います。僕は、CGでモデリングして、それを3Dプリンターでワックスの状態で出して…。

SOUQ
えっ、どういうことですか?

ETSUSHI
紙じゃなくて、ワックスの状態で3Dで出てくるんですよ。
SOUQ
ワックスがプリンターから出てくるんですね?

ETSUSHI
そうです。紙でプリントする時のインクと同じような感じです。



SOUQ
びっくりですね。

ETSUSHI
3Dプリンターだからできる形というのもあるので、そういうのはすごく便利ですね。

ー重ね着けしたときに美しくー

SOUQ
たとえばどういう形ですか?

ETSUSHI
僕のリングはすごく薄くしている部分とかがあって、そういうのは手作業だと難しいんですよ。CGだとここは何ミリにしてというふうにデザインできるので、極限まで薄くして着けやすさにこだわることができたり。最近出したシリーズだと、「2.0シリーズ」は、2ミリを基準に厚さを決めています。

SOUQ
きっちりすべて2ミリなんですね。



ETSUSHI
重ね付けしたときに厚さが揃ってきれいに見えるということにこだわっていて、そういうのは手づくりだとなかなかむずかしいです。型取りする時の縮みとかも出ますし。パソコン上だと何回もやり直しがききますし。立体で見ることができて、こうしたらどうなるかとか、臨機応変にいろんな形が見られてすごくいいですね。

SOUQ
あまり誤差とかは出ないんですね。

ETSUSHI
なかなか手作業で均等につくるのって大変じゃないですか。そういうところがパソコンならできる。画面上に手のモデルを入れて、実際に指にはめた感じをイメージできたりもしますよ。

SOUQ
シルバーをやり始めたのが1年ぐらい前で、いま新作のリングは何種類ぐらいありますか?

ETSUSHI
6タイプのレザー×3色で、合計18種類ですね。

SOUQ
革のカラーは黒とベージュが定番ですか?
ETSUSHI
そうですね。そのほかに毎年限定カラーをつくっていて。去年はデニム、今年はマーブルです。



SOUQ
この限定カラーはいろいろと遊べそうですね。

ETSUSHI
そうなんですよ。だからいろいろコラボしたいという願望がすごくあります。ファッションブランドのテキスタイルを使わせてもらったり、セレクトショップで限定カラーとかできたら楽しいなあと夢見てます(笑)。

SOUQ
リングにレザーをあしらおうと思ったのは、どういうところからなんですか?

ー経年変化が愛着をー

ETSUSHI
もともと革靴とか革の小物が好きで。ジュエリーって普通は石じゃないですか。石だと“永遠の輝き”とかよく言いますけど、経年変化が少ないものがいいという価値観があると思うんですよ。

SOUQ
たしかにそれはありますね。



ETSUSHI
そういうのじゃなくて、どっちかというと僕はもっと生活に寄り添うデザインが好きで。1点もので豪華でたまに着けるようなものではなくて、日常で着けてだんだん経年変化してくるようなものですね。

SOUQ
それがレザーだったんですね。

ETSUSHI
はい。いま僕が着けているリングの革も、新品だと色がもっとベージュなんですよね。毎日つけてちょっと変化がするものとか、着ける人によっては汚れ方とかも変わってくるものとかに愛着が持てる。ふだんに使う日用品みたいなジュエリーをつくりたいなあと思って。



SOUQ
ジュエリーが日用品…それいいですね! リング以外にもジュエリーはつくっているのですか?

ETSUSHI
自分ではつくってないんですけど、漆のシリーズがあって、同じデザイン科だった大学の同級生が、金継ぎの職人さんのところに弟子入りしたんですよ。なんかいっしょにできないかなと思って声かけて、水晶(クオーツ)に漆でコーティングしてもらって、それを僕が金具とかパーツをつけています。

SOUQ
水晶に漆? どんな感じなんでしょうね?

ETSUSHI
こんな感じで(写真参照)、真ん中のものはハーキマークォーツって言うんですけど。いろんな種類があって。



SOUQ
ハーキマーってなんですか?

ETSUSHI
地名なんですけど、そこで採れた水晶のことで。このハーキマークオーツって削ったりして加工しないので、全部形に個体差があって。中に傷みたいな筋が入ってたり、自然な感じがするものなんです。

SOUQ
加工しちゃうと、どれも同じような形になりますもんね。

ETSUSHI
この金色の部分が漆を塗った上に金粉を蒔いてもらっていて、漆の黒い色は内側に見えるようなデザインをしているんですよね。乱反射して、いろんなところに黒がキラキラと見えるように。

ー機能性も考えてデザインー

SOUQ
ETSUSHIさんは、いまは洋服をつくりたいという気持ちはないのですか?

ETSUSHI
ブランドを立ち上げた頃は結構ありましたけど。洋服って一人でやるのは現実的に考えてなかなか難しいので、変に服にこだわりすぎなくてもいいかなあといまは思っています。布が好きとか、生活に密着するもの人と触れるものに関わりたいということで洋服をやっていたのですが、ジュエリーをやり始めたら、物も小さくて扱いやすいですし、ファッションにもつながっているので、ジュエリーでも全然いいなあと思っていて。



SOUQ
じゃあ、しばらくはジュエリー1本でやっていく?

ETSUSHI
カバンとか財布とか、小物をやってみたいという気持ちはあります。特に財布はやってみたくて。

SOUQ
それはどうしてでしょう?

ETSUSHI
機能性も考えてデザインしなければいけないところが魅力的だなあと。僕、ふだん自分で買い物するときも、シンプルでミニマルだけど機能性もあるというものが重要で。財布とかもいまちょうど探してるんですけど、あまり気にいるものがないんですよね。だから余計につくってみたいなという気持ちがあります。