日本製のバッグをつくる

日本製のバッグをつくる


ユニークなものづくりをおこなうクリエイターに迫る「ピックアップクリエイター」。今回は、大阪・南船場にオフィスを構えるバッグブランド「mononogu」をピックアップ。代表でありデザイナーの阪本則近さんにお話をうかがいました。



SOUQ
ブランドの立ち上げは何年ですか?


阪本
2008年です。法人にしたのがその年で、独立はその1年半前でしょうか。


SOUQ
独立前はどんなお仕事を?


阪本
アパレルの営業をやっていました。服も雑貨も扱う会社で。日本生産のオリジナルを手掛けながら、海外ものも扱うアパレルの専門商社で。そこに15年ほどおりました。


SOUQ
当時はデザイナーではなく営業だったのですか?!


阪本
営業がメインですが、企画もしていて。取引先の一つにイタリアのバッグメーカーがありまして。そちらのオリジナル商品が少なかったことから、営業別注のような形で僕がデザインをすることになったんです。まったくの素人なのに。


ーデザイナーは営業マンー

SOUQ
誰に教わることもなく?


阪本
はい。学校に通ったわけでもなく。なので、専門的な勉強はしていません。最初は営業企画の部署メンバーで雑誌の切り抜きを持ち寄ったりしてデザインを考えていたんです。でも、そうするとオリジナリティのない製品ばかりになって。これではダメやと。結局、自分で考えて絵を描くようになりました。幸いにも、その企画がヒットして。



SOUQ
そのとき、企画のおもしろさに気付かれた?

阪本
そうですね。最終的には僕がデザイナーのような形になって。そのブランドの毎シーズンの新作をつくるようになりました。10年くらい続けたかな。

SOUQ
ずいぶん長いですね!



阪本
本職はあくまで営業なんですけど。展示会がシーズンごとに2回、年に4回ありまして。春夏と秋冬、それぞれの新作をつくっていました。

SOUQ
営業がデザインもする。これは業界ではよくあることなのですか?

阪本
あまりないかも。全面的にやるというのは珍しいですね。

ー日本製にこだわることー

SOUQ
独立のきっかけは?

阪本
アパレルの仕事により一層携わりたいと思ったんです。自分でやってみたい、経営をやってみたいと。

SOUQ
現在は阪本さんと営業担当の社員さんと2名体勢。立ち上げはおひとりで?

阪本
はい。とりあえず、ひとりでやろうと。すべて自分でやらなきゃいけないと考えたら、これまで携わってきたバッグならできるんじゃないかと。いま思えば、甘い考えでした。素材の仕入れ先もまったくわからないのに。前職のときは、そういうルートも知らずに営業企画をしていたものですから。ただ、日本製でやろうという考えは当初からありました。

SOUQ
企画をしても素材の仕入れは担当外だったわけですね。

阪本
そもそも日本のアパレル業界がどういう形なのかも知らなかったんです。全体が見えていない。

SOUQ
日本製ということは、まずは国内の工場を探して?

阪本
たまたま、知り合いに東京の革屋さんがいて。その方に相談して、一軒の工場を紹介してもらいました。ところが、その工場では僕が企画したバッグは技術的にできないと言われて。出発からヤバいな…と(苦笑)。企画があっても製品化できない状況に陥って。

SOUQ
でも、阪本さんおひとりの会社ですから追われるものはないですよね?

阪本
それが、すでに展示会の日程を決めてしまっていたんです。商品ができる見込みもないのに。最初の展示会は、独立しておよそ3か月後の開催予定でした。結局、ダメだと断られた工場の方が別の工場を紹介してくださって。そちらでお願いすることになりました。

SOUQ
立ち上げ3か月で展示会とは、機動力がすごい。

阪本
異常でしたね。焦っていたんです。寝ずにやる覚悟だったというか、人の2倍は働かなあかん、早くせなあかんと思い込んでいたところがあって。前職が営業だっただけに、卸し先がすでにいくつか決まっていたので。

SOUQ
開催は無事に?

阪本
いいえ(苦笑)。最初の展示会は散々たる結果で。途中で中止しました。商品の仕上がりがどうしても納得できなかったんです。そのことを長年付き合いのある取引先の方に相談したら、新たな革屋さんと工場を紹介してくださって。そこがうまく当たった。で、2カ月後に次の展示会をすることに決めて。

SOUQ
立て直しも早い!

阪本
やっぱり焦ってたんで(笑)。必死でした。

SOUQ
それは「mononogu」単独の展示会ですよね?

阪本
そうです。20型以上のバッグをつくったと思います。この2回目の展示会でたくさんのオーダーをいただけて、ようやくスタートを切ることができました。

SOUQ
「mononogu」というブランド名は大和言葉だそうですね。

阪本
はい。漢字で書くと“物の具”。たしか、古語辞典を調べていて見つけたのかな。大和言葉で、身につける調度品や装飾品のことなんです。ブランドロゴも僕が作ったんですけど、これは“物”という漢字とバッグの形を合わせたもの。わかりますか?

SOUQ
“物”! 見えました。



阪本
立ち上げ当初から、日本製のものづくりをしようと考えていました。バッグや小物をつくっていただく工場だけでなく、素材もできる限り日本製にこだわりたい。現場へ足を運んで交渉して、製造工程もじぶんの目で確かめた上で進めたいという想いがありました。

SOUQ
「mononogu」といえば、レザーが印象的です。

阪本
バッグや財布に使う主な素材は、牛革。ヤギ革を使うこともあります。

SOUQ
革も日本製があるのですか?

阪本
ありますよ。毛皮は、いま問題になっているように毛皮を取るために動物を育てて殺傷するのですが、革は食肉の副産物なんです。オーストラリアやアメリカ、中国など、食肉の生産が盛んな地域は、やっぱり原皮がたくさんある。そうした地域から原皮を取り寄せて、日本でなめす、つまり加工したものを使っています。

ーバッグはあくまでおかずー

SOUQ
製品をつくるうえで、大切にされていることはありますか?

阪本
オリジナルをつくること。革なら、色や厚み、やわらかさ、風合いなどを細かく相談した上でつくってもらっていますし、金具も別注なんです。たとえば、バッグにあしらったブリッジやファスナーの持ち手もそうですね。削り出しと呼ばれるもので、職人さんがひとつずつ手づくりされるものなんです。

SOUQ
ブリッジは特にリッチな風格がありますね。

阪本
メッキも本金を使っています。というのも、本金は変色しないので。他のメーカーさんがやらないことをやりたい。オリジナルであること、ただし、主張はしない。

SOUQ
ミニマムデザインのものが多いですよね。

阪本
ファッションの主役は服なので、バッグはそれに合わせるおかずのようなもの。あくまで装飾品なので、その域を超えないもの、主張せず合わせやすいものを意識してつくっています。“ニュアンスのあるベーシック”が理想です。



ー二律背反というマジックー

SOUQ
mononoguは“二律背反”をキーワードにされているとか。

阪本
一つのアイテムに相反する二つの要素を組み込み調和させる。デザインをする上で、たとえば四角いものを真四角で作ってしまうとおもしろくないというか。どこにでもある商品になってしまうから、少し“隙を見せる”というか。

SOUQ
たとえば、ブリッジのバッグでご説明いただけますか。

阪本
細かいことなんですが、表面は四隅すべてが90度ではなく、上下で角度を変えているんです。上はわずかに角度をゆるやかに。でも、下は90度に近い。

SOUQ
ほんとうに微妙な違いですね。角度を同じにすると…?

阪本
硬い印象になってしまうんです。あとは、このファスナーの端に添えているミミですね。わざわざクッションを入れる必要はないんです。機能的な意味はないけれど、ちょっと柔らかい印象に仕上げるために入れてみる。そんなデザイン的なあしらいを施すことはありますね。

SOUQ
ピクニックバスケットにも“二律背反”の要素がありますか?

阪本
これは硬い革と柔らかい革を融合させてあるんです。このバッグのポイントは形。やわらかなヤギ革を用いて、いかに立体的なバッグを仕立てるか?と考えて。結果的に硬質な牛革を内側に使い、外はヤギ革で仕上げています。牛革でフレームをつくるイメージですね。底も牛革なので、フラットかつまっすぐに立ち上がる。

SOUQ
でも、バスケットそのものはやさしい印象ですね。

阪本
蓋の部分にはクッションを入れて、硬さが出ないようにしているからでしょうか。

SOUQ
内側は可愛いですね! ポケットも付いていて。



阪本
ポケットは内側の両サイドに。あと、蓋を留めるマグネットは、さりげなく“隠しマグネット”に。

SOUQ
丸く刺繍された部分ですね。
阪本
これはちょっとしたテクニックを自慢したくて(笑)。こういうこともできるんだぞ、って。僕、そういうとこあるんです。極めてさりげなく、ですけどね(笑)。

SOUQ
たとえばブリッジの角度に変化を付ける(第2回参照)、という発想はセオリーとしてあるものですか?

阪本
ないんじゃないでしょうか。僕は男なので、デザインもおのずと男っぽいものになってしまう。かと言って、女性を意識したデザインを目指すと、妙な、違和感のあるかわいいものになってしまう場合がある。僕としては、できるだけ男っぽさをやわらげて仕上げようと。でも、どうしても女性のデザイナーがつくるようにはいかないですね。

SOUQ
女性好みのデザインや感覚はどのように発想されるのですか?

阪本
そんな考えはまったくなくて。結局、わからないんです。どういうものが好まれるかということは。しょうがないので、僕は僕なりのやり方で。男っぽくなるのはしょうがないと考えることにして。



ーわからないから面白いー

SOUQ
なぜ、レディースのブランドにされたのですか?

阪本
僕は男で、レディースは持たない。正反対のものだから物体として捉えられるんです。好き嫌いではなく、客観的に見られる。それが僕にとってはやりやすくて。メンズは逆に難しいですね。一時やっていたんですけど、難しいうえにおもしろくなくて(笑)。好きだからやるという発想はありません。

SOUQ
女性ものをつくる面白さはありますか?

阪本
わからないからおもしろい、というのかな。だから、どんどん新しいものがつくれるんだと思います。たとえば僕が、メンズのこういうバッグがつくりたい!と思ってスタートしていたら、きっと新作が出てこない。好きな定番をつくり続けると思うんです。そういうスタイルももちろんあるけれど、「mononogu」は違いますね。

SOUQ
男性がつくるものなのに、女性をくすぐるポイントがあるのが不思議ですよね。たとえばネームのひかえめな入れ方とか。



阪本
ネームは表面にあるものは箔押しせずに。内側は金箔をあしらうこともあるんですけど。他にこういう発想もあります。ショルダーと手持ちのツーウェイで使えるバッグなら、ショルダーを外した際に目立つ金具をレザーのあしらいで隠せるようにするとか。

SOUQ
細やかな心遣いですね!

阪本
外して使うときの印象も考える。僕はじぶんが持つバッグに関しては、まったく興味がないんです。服や靴は興味があるんですけど。

SOUQ
ふだん、バッグは使われないですか?

阪本
いや、使います。使うんですけど、特に思い入れがある訳じゃないというか。だからこそフラットな感覚でつくれるのかな、と思います。

ー命名はおおよそ気分でー

SOUQ
そうしたディテールや新作のアイデアは、どんな時に思いつきますか?

阪本
街を歩きながら考えることが多いですね。

SOUQ
近辺の心斎橋~本町界隈を歩きながら?

阪本
はい。バッグを見て考えるのではなく、街でいろんなものを見ながら。

SOUQ
発注の際のデザイン案はどのような形で?

阪本
紙に手描きした設計図のようなものを工場の方にお渡しします。こんな感じで、とてもアナログ。これしか描けなくて。



SOUQ
サイズから仕様まで細かく書き込まれていますね。

阪本
最初はイメージと違うものができ上がってくることもあったんですが、最近はとてもスムーズで。特に10年以上付き合いのある工場の方は、すんなりと汲み取ってくださる。


SOUQ
mononoguのプロダクトは商品名もユニークですね。BRIDGEやLIP、PEZなど。命名はどのように?

阪本
BRIDGEは金具がブリッジ状だから。LIPは形が唇に似たバッグだから。PEZは、お菓子のペッツの容れ物みたいに開くバッグだから(笑)。それなりの理由はあるんですが、気分で決めたものが大半ですね。

SOUQ
ラフなネーミングですね(笑)。

阪本
そうですね。会議をして決めることもありませんし。

SOUQ
デザイナーひとりで企画する強みというか。

阪本
ただ、新作をつくるにあたっては、アイデアが出て来ても2~3日熟成させることにしています。気が変わることもありますから。熟成中に違うアイデアが思い浮かんだら変える。それがいつものパターンですね。

SOUQ
ちなみに、煮詰まったときの息抜きは?

阪本
ジムへ行くことですね。ここ(オフィス)から徒歩30秒くらいのところにあって。休日はあまりないですけど、ひとりで仕事をしているようなものだから。ふだんから気を抜きつつ、のんびりやっていますね。

SOUQ
「mononogu」はバッグの他に財布もありますよね。

阪本
はい。財布も立ち上げ当初からつくっています。いまは20型くらいあると思います。

SOUQ
なかでもL字ファスナーは人気の定番。



阪本
このタイプは長財布とミニ財布があるんですが。ワンアクションで全体が見える財布にしたいと考えて。ファスナーを開けば、小銭もお札もカードも見通せるつくりになっています。小銭入れの部分にはファスナーが付いてない。けれど、外のファスナーを閉じれば小銭がこぼれることはありません。

SOUQ
素材は牛革ですか?
阪本
バリエーションがいくつかあって。レザータイプだと牛革とヤギ革があります。おなじヤギ革でも、マットなものと光沢のあるものなど、加工の異なるものもあって。

SOUQ
勾玉型の金具もオリジナルですか?

阪本
はい。これも初期につくりました。最近の傾向としては、長財布よりミニ財布を求められることが多くて。小さいもの、コンパクトなものの需要が増えています。数年前まではお札を折って入れるのを嫌がる方が多かったんですけど。

ースマホ時代の装飾品ー

SOUQ
そうした時代の動向から生まれる新作もあるのですか?

阪本
ウォレットバッグはその一つですね。小さなバッグと財布が一体になったもので、2年前につくりました。今後、ますます携帯電話であらゆることができる時代になりますよね。数年前まで、財布ならカードが何枚入るか訊かれることが多かったんですが、最近は減りました。長財布やカード用ポケットの需要が減り、今後は財布を持たなくなることだってありうる。

SOUQ
バッグも小型化する傾向がありますか?

阪本
そうですね。もちろん、ビジネスバッグならA4ファイルが入るものを求められますが、ファッションバッグは小さいものが求められる傾向にあると思います。



SOUQ
スマホケースなども考えられていますか?

阪本
じつは、スマホカバーはすでにつくっているんです。

SOUQ
バッグや財布同様、佇まいが上品ですね。

阪本
こちらはヤギ革仕様。全機種対応型のカバーで、黒い部分にシールでスマホ本体を貼り付けて使う。市販のシリコンケースなどを装着した上で貼れば、本体にシール跡が残る心配もありません。スライド式で、写真を撮りたいときは本体を上へ押し出せばカメラが使える。これは1年半くらい前につくった新作です。



SOUQ
もうひとつの新作であるリュックは、イタリアの生地を使われているそうですね。
阪本
プラダやグッチにも使われている、リモンタ社のナイロン生地を採用しました。これまでレザーのリュックはあったんですが、ナイロン素材は初めてです。裏地はポリウレタンを張って、ふかふか感のある仕上がりに。底はヤギ革。「mononogu」の頭文字Mをかたどった金具も、もちろんオリジナルです。

SOUQ
とても贅沢なリュックですね。日本の素材にもこだわってきた「mononogu」が、イタリアの生地を取り入れたのはなぜですか?

阪本
製品にしたときの出来映えが素晴らしかったんです。立ち上げ当初から日本製にこだわったのは、国内に良質の素材がたくさんあるから。つまり、品質に目を向けた結果なんです。ですから、今後も“日本製以上”のものがあれば海外のものであっても取り入れていきたいと思っています。

SOUQ
なるほど、質の問題なのですね。

阪本
品質本位。利幅を取るために素材を落とす考えは一切ありません。

ー2020年はスポーツコンシャス!?ー

SOUQ
「mononogu」は定番アイテムの他、シーズンものもあるんですよね?

阪本
バッグにしても財布にしても、求め続けられるアイテムは廃盤にすることなく、つくり続けています。たとえばニットを使ったバッグなどは秋冬限定。季節感の強いものはシーズンアイテムにしています。

SOUQ
シーズンごとのテーマは設けず、ブランドコンセプトを軸にゆるやかに商品が移り変わる?

阪本
そうですね。

SOUQ
今後、展開を考えている新しいプロダクトはありますか?

阪本
これからは小物を充実させていきたいなと。スマホ用のケースやバッグもそうですが、コンパクトな財布の定番もつくりたい。長財布はバリエーションがあるんですが、ミニ財布は少なくて。あとは、オリンピックが近いので、スポーツテイストを意識したアイテムを。

SOUQ
楽しい展開ですね。
阪本
軽やかなもの、スポーティーなものを気分的につくりたいと思っています。ナイロン素材のアイテムであったり、ライン入りのテープをあしらったものだったり。2020年の春夏ものとして展開できたら。

SOUQ
気分転換に行かれるジムでも使えそうですね。

阪本
いや、自分でつくったバッグはあまり持たないですからね(笑)。