ニュートラルな一着を目指して

ニュートラルな一着を目指して


ものづくりの現場で活躍するさまざまな人にお話をお聞きする「ピックアップクリエイター」。今回は、東京・世田谷にアトリエを持つアパレルブランド「caart.」のデザイナー橋本知子さんにお話をうかがいました。


SOUQ
「caart.」はシーズンによってトーンががらりと変わることはなく、カラーもデザインも統一感があるのが印象的ですよね。


橋本
そうなんです。通常のファッションの進め方とは少し違っていて、シーズンごとにアイテムを全て入れ替えるということはせずに、アイテムを増やしていっているような感覚です。だから、お客様も、少しずつアイテムを増やして楽しんでいただけたらいいなと思っています。


SOUQ
ほとんどのアイテムがユニセックスの展開ですが、カラーもベーシックで男性でも女性でも使いやすいですよね。



橋本
「caart.」が目指しているは、ニュートラルであることなんですね。だから、カラーは、ネイビー、グレー、ホワイトの3色のみ。ネイビーは締める色、グレーは柔らかさを加える色、ホワイトは明るい印象を与える色という意味で選んでいます。ここにブラックをなぜ加えていないかというと、「モード」という強い印象を持たせてしまう可能性があるからなんです。

SOUQ
ポップアップでアイテムが並んでいるのを拝見すると、色だけで「caart.」さんだ、ってわかるくらいです。

橋本
カラーを限定することで、「caart.ってネイビーのアイテムが多いんだな」とか、覚えていただくきっかけになったらいいな、と思って。

ー〝大人の日常着〟としての素材選びー

SOUQ
「caart.」さんのアイテムは、どこかちゃんとしている印象がありながら、それでいて、硬すぎずにカジュアルさもあるというか、程よい気がしますね。

橋本
そう言っていただけると嬉しいです。私が作りたかったのは、大人のための日常着なんです。大人としてちゃんとして見えることは大事なことかなと思っているので、最低限のきちんと感はありつつも、ラフすぎない適度なカジュアルさがあって、日常的に着ていただけるものを目指しています。だから、生地選びをする時やパターンを引くときには、着心地や動きやすさを考慮しています。



SOUQ
確かに、生地も絶妙ですよね。
橋本
例えば、男性に好評をいただいているワイシャツは、ピンポイントオックスフォードという生地を使っています。これは、通常のオックスフォードよりワンランク上で、ロイヤルオックスフォードほどドレスシャツのような印象にならないもの。ちゃんとしているけど、カジュアルに着れるものを目指しているんです。

ー発想は愛用のユニットシェルフからー

SOUQ
インスピレーションの素になっているものってあるんでしょうか?

橋本
私、無印良品のユニットシェルフがすごく好きなんです。今も、アトリエで愛用しているのですが、このアイテムって、大きな枠組みがあって、そこに無印良品のパーツがきれいにピタッと収まっていきますよね。カラーリングも制限されているので、整理整頓されているように見えます。それを洋服に取り入れたかったんです。

SOUQ
発想のきっかけになったのが、ユニットシェルフというのは意外です。でも、なんとなくわかる気がします。

橋本
作り方においても参考にしていて、大枠を決めて、そこにハマるパーツを作っていくような感覚で作っています。だから、最初にすべてのアイテムのベースになるものとしてカットソーを作ったんです。caart.のパターンの特徴なのですが、フレンチスリーブの型を応用してボディと袖をつなぐラインを肩の高さから10cmぐっと下げました。それはどんな肩幅の人が着ても肩のラインがきれいに見えるように。私自身、肩幅が男性並みに大きくて普通の女性ものの服だと、肩の生地幅が足りないことが多いんですよね。それで、肩幅で悩んでいる人も多いだろうと思って、身幅さえ合えば誰にでも合う形を考えました。身幅は、XSからXLまでの基準にしている体型にそれぞれ10㎝のゆとりを持たせるようにしました。これが、今でもすべてのアイテムを作るときのベースになっていて、シャツもカーディガンも、ボトムも、このカットソーのパターンを元に導き出された数字で組み立てられています。



SOUQ
前回のお話で、カットソーのパターンをベースに、他のアイテムの裾の長さやシャツの合わせの部分の幅などの数値を導き出している、というお話がありました。そういう洋服の作り方って、建築的ですよね。



橋本
テーマ性でデザインを広げているブランドも多くあると思いますが、「caart.」の場合は、そういうものとは少し違う考え方かもしれません。「Design(デザイン)」というワードには、もともと「設計」という意味がありますが、私が洋服を作る際のデザインは、まさにこの感覚。先ほどお話ししたカットソーで、ベースのバターンはできていますので、他のアイテムはそれを応用しているだけなんです。


SOUQ
今も、橋本さんはトップス、カーディガン、ボトムと「caart.」のアイテムを身につけていらっしゃいますけど、合わせた時のバランスが気持ちがいいですね。



橋本
すべてのアイテムにおいて、幅や長さには意味があります。ワイシャツにカットソーを重ねてきた時にバランスのいい裾の出方や、ワイシャツにカーディガンを羽織った時にシャツの前立てとカーディガンの前立てがピタッと合うような幅設計、シャツとパンツを合わせた時のポケットの位置なども、すべて数値で決めています。ポケットも、デザインの切り替え位置も、数値が根拠になっています。だから、この「caart.」というブランドは、アイテムが増えていけばいくほど、美しさが完成されていくと思っています。

ー計算し尽くされたバランス感覚ー

SOUQ
すべて橋本さんの緻密な計算によるものだったと知ると、見え方が変わってきますね。

橋本
お客さまにも、そこまで細かいことは説明はしていないですよ。なんとなくきれいだな、バランスよく見えるな、と思っていただけるのが一番だと思っています。でも、そこまでバランスにこだわるのは、前職で広告制作に携わっていたことが理由かもしれません。

SOUQ
といいますと?

橋本
バランスのいいものは、デザイナーの緻密な計算によって成り立っているということを目の前で見てきましたから。そして、その「計算されたバランス」に美しさを感じていたからかもしれません。バランスのよさは、〝なんとなく〟では決して成り立ちません。

SOUQ
シャツのパイピングとか、裏地の使い方とか、見えないところにもこだわっていらっしゃいますよね。



橋本
何気なく置いてあっても、プロダクトとしてかっこいいものにしたいですからね。一見、わかりづらいこだわりとしては、Tシャツやワイシャツに同色異素材を使ったデザインもよく取り入れています。同じ色でも、光沢感のない「コットン」と光沢感のある「テンセル」を組み合わせると、同色でも質感の違いからおもしろい表情が出てきます。これも、置く位置は数値で導き出していますが、真円のものはベストなサイズを決めるために、実寸の紙をシャツに貼って試しましたね。

SOUQ
そこは、アナログなんですね!

橋本
はい、画面の中でシミュレーションするだけではだめですね。実際のサイズでチェックしてみないと、納得いくものにはなりません。
ー広告業界にいたからこそのアプローチー

SOUQ
先程、少しお話にも出ましたが、橋本さんは元々、広告業界でお仕事されていたんですね。てっきり、アパレル業界で活躍されていた方だとばかり。

橋本
はい、プロデューサーとしてグラフィック広告やCMの進行管理を主にやっていました。働いていた広告制作会社の社長が、ユニークなCMを数多く手がけているクリエイティブディレクターだったのですが、社員にも「自分たちでなにかやろうという人になりなさい」と言ってくださる方で。その教えに従って、独立した人も多いのですが、私もそのうちの一人なんです。

SOUQ
独立といっても、橋本さんの場合は、そのジャンルがファッションだったんですね。広告から違う世界に行くというのは、勇気のいることではなかったですか?

橋本
ブランドを立ち上げる時に、さほど違う世界に踏み入れるという感覚はありませんでした。きちんとしている服って意外となくて、「そこのピース空いてるな」って思ったんですね。それに母方が服飾関係だったので、服や着物を作る母の姿をよく見ていましたから、環境的にも違和感を感じなかったかもしれません。

SOUQ
とはいえ、服を作るのは初めてだったわけですよね?

橋本
そうですね。会社を辞めてからは、何年か服飾の勉強をしました。それで、先程お話ししたベースとなるカットソーができた時に、コンセプトシートを作って、試作品の現物とパターンを持って、縫製工場に話をしに行ったんです。コンセプトシートを作るっていうところが、広告業界経験者らしいところだと思うのですが、ありがたいことに、それをおもしろいと捉えていただいて。それで、一緒にやってくださることになったんです。

SOUQ
広告業界的なコンセプトワークと数値で決められたデザインが縫製職人の心を動かしたのかもしれませんね。

SOUQ
橋本さんの緻密な計算で成り立つデザインに縫製工場の職人さんはどうこたえてくれますか?

橋本
数字で決められているデザインをおもしろがってくださっているのが、ありがたいですね。職人さんたちが、数値のルールを理解してくださっていて、私が指示書に数値を書き忘れていても、「ここは5ミリで大丈夫ですよね?」なんて聞いてくださったりして。



SOUQ
いいチームワークですね!
橋本
こちらが作りたいことに対して、ベストな方法を提案してくださることもあります。縫製に大切なのはデザインを具現化する想像力だから、っておっしゃっていて。

SOUQ
職人らしい発言、頼もしいですね!

ー名前は〝日常着〟でありたいと願いを込めてー

SOUQ
ところで、「caart.」というブランド名は、どういう意図でつけたんですか?

橋本
日常着を作りたかったので、かしこまっているというより、スーパーマーケットにあるようなカートでたくさんお買い物をしているようなイメージで「カート」にしたんです。



SOUQ
ロゴもかわいらしいですよね。

橋本
ありがとうございます!これは、前職時代からお世話になっていたWEBデザイナーの中村勇吾さんに作っていただいたもので、タイプライターの書体がベースになっているんです。ルックの写真は、ブランド設立当初から現在も全体ディレクションを中村勇吾さん、撮影をフォトグラファーの淺田創さんに撮っていただいています。淺田創さんとは、勇吾さんが手がけるプロジェクトで一緒にお仕事をさせていただいた際にご紹介していただきました。



SOUQ
ロゴも写真も素敵ですよね。そして、関わっていらっしゃるスタッフが豪華!

橋本
はい、そうなんです。ありがたいことです!いろいろな方のご協力を経て、このブランドは出来上がっていると感じています。

ーお客さまに会えることが励みになるー

SOUQ
今は、ブランドのファンもたくさんいらっしゃると思いますが、ブランドを立ち上げた当初は、認知を広げるためにどんなことされていたんですか?

橋本
うーん、そうですね……なにもしてないんですよね(笑)

SOUQ
え!なにも?!ですか?!




橋本
フェイスブックやツイッター、ブログへの投稿はしていましたけどね。それ以外は特にしていないんです。ただ、ブランドから発信できるものに関しては、真摯に向き合うというか、真剣に書くというか。そういうことは、当時から今も変わらずに心がけていますね。

SOUQ
確かに、ブログの文章で、橋本さんの人となりというか、丁寧な仕事ぶりや真剣なものづくりの心は伝わります。

橋本
嬉しいです!「caart.」のことを広く知っていただいたのは、A3サイズのトートバッグだったんです。



SOUQ
いろいろな色や素材の組み合わせが素敵ですね。

橋本
前職でプレゼンをするときに、A3資料が入るちょうどいいバッグがなかったのが発想のヒントになっています。電車に乗るときに、横型だとジャマになってしまうので縦型にしました。ファッションニュースのエディターの方が紹介してくださったのがきっかけで、知っていただきました。

SOUQ
普段は、オンラインでの販売がメインだと思いますので、SOUQなどリアル店舗でのポップアップでお客さまと直接お話しするのはいかがですか?

橋本
お客さまと実際にお会いできるのは、とてもありがたい機会ですね。関西の方って、忌憚なく意見もおしゃってくださいますから、それもありがたくて。いろいろな体型の方に試着しただけるので、そういうのを見ることができるという意味でも、とてもいい機会です。



SOUQ
デザイン的には男性に人気がありそうだなぁ、と。実際、ポップアップだとどうですか?

橋本
確かに、デザイン的には男性に評判がいいのですね。SOUQさんでのポップアップだと、なぜか女性のお客さまが多くて。それも、私としては嬉しいことです。通常のファッションブランドのように、シーズンごとに全アイテムが入れ替わるということはないのですが、ポップアップでおじゃまする時には、毎回、ひとつくらいは新作をお持ちしたいなと思いながら、日々デザインを進めています。

SOUQ
なんと、新作を!それは楽しみです!

SOUQ
これまでの3回に渡って、橋本さんが「caart.」に込めたデザインの哲学みたいなものを紐解いてきたのですが、ずばり、ものづくりで最も大切にしていることってなんでしょうか?

橋本
「整理整頓」に尽きると思います。

SOUQ
なるほど!橋本さんのアトリエも、整理整頓されていて美しいですね。



橋本
ごちゃごちゃしていると、仕事がはかどらなくて。空間もすっきりとしている方が、集中できたりアイデアがまとまりやすかったりします。

SOUQ
「整理整頓」が暮らしにも通じているんですね。

橋本
デザインするときも、きちんと見えるというところを大事にしていますから、ブランドを立ち上げてからは、より一層、部屋や仕事空間もきちんとしていたいと思うようになりましたね。

ー整っていることは、美しさに繋がるー

SOUQ
ちなみに、「整理整頓」ということに目覚めたのは、なにかきっかけがあったのでしょうか?

橋本
特に、これというきっかけはないのですが、子どもの頃から整っていることが好きだったみたいです。小さい頃から、母がちゃんときちんとすることや整理整頓することの大切さを教えてくれていたのかもしれません。

SOUQ
お母さまの影響なんですね。

橋本
前職で広告の仕事をしていたので、グラフィックデザインの文字組やバランスの取り方に、整理整頓されている故の美しさみたいなものを強く感じていたんです。そういう経験が今のものづくりには影響していると思います。

SOUQ
たしかに、文字が揃っていたり、キレイに配置されているのは、美しいですし、気持ちがいいですよね。ちなみに、普段、息抜きにしていることってありますか?

橋本
掃除も私にとってはストレス発散のひとつです。やると気持ちがすっきりするから全然苦になりません。でも、愛犬の豆吉が部屋を自由に歩き回るので、掃除した側から肉球の跡がペタペタついちゃうんですけどね(笑)



SOUQ
豆吉くん、本当にかわいいですね!


橋本
豆吉と一緒に散歩をするのも、私とっては大切な息抜きですね。散歩の時には、ただの犬バカになってしまって、豆吉に話しかけたりしています(笑)

ードッグアイテムにもミニマルなかっこよさをー

SOUQ
ところで、「caart.」として作ってみたい新しいアイテムはありますか?

橋本
今は、犬用のハーネスを作りたいと思っているんです。



SOUQ
あ、もしかして、豆吉くんが身につけている首輪も橋本さんの手作りですか?

橋本
そうなんです。犬用のアイテムって、今のところ、ファンシーなデザインのものか、機能性に特化しているものかどちらかで。柴犬用のものは唐草模様とか。

SOUQ
肉球の模様とか、かわいらしいカラーのものが多い印象はありますね。

橋本
もっとミニマルなデザインのものがあったらいいなぁ、と思っていて。そういうものを求めているユーザーもいるんじゃないかなと。

SOUQ
そう思います!豆吉くんの首輪もお似合いですし、素敵です!

橋本
ちょっと自慢げですよね(笑)



SOUQ
確かに(笑)!ところで、現在は、自社サイトでのオンライン販売がメインですか?

橋本
そうですね。ほぼ自社サイトのオンラインショップなのですが、少しずつリピーターの方も増えてきていて嬉しい限りなんです。

SOUQ
確かに、「caart.」のアイテムでコーディネートした時の絶妙なバランスや美しさに気づいてしまうと、リピーターになってしまいますね。



橋本
カットソーからはじまて、ワイシャツ、Tシャツ、フーディー、ボトム、カーディガンと、アイテムも少しずつ増えてきました。重ねて着ること、上下で組み合わせて着ることも考えられていますから、揃えていただけたらとても嬉しいですが、もちろんお持ちのものと合わせていただくのもいいと思いますよ。デザインもカラーリングもとてもベーシックなので、どんなものにも合わせやすいと思います。日常着として気軽に取り入れていただけたらと思います。

SOUQ
「caart.」のアイテムは思考や心境が整っていくようなところもある気がしています。それは、きっと橋本さんの大切にされている整理整頓への美意識がデザインに行き届いているからですね。今後の展開が楽しみです!ありがとうございました!